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東京高等裁判所 昭和40年(ネ)1308号 判決

一、原審における控訴会社代表者としての森茂本人尋問の結果ならびに当審証人森茂の証言により成立の認められる甲第一号証、および、当審における被控訴人今禰キクエ本人尋問の結果に、弁論の全趣旨を総合すると、被控訴人は、控訴会社代表取締役森茂との間に昭和三八年二月二五日、被控訴人を買主控訴会社を売主として、原判決添付目録記載の鉱泉地共有持分権を、代金六〇万円とし、内金五三万四、五〇〇円は同日払、残代金は同年五月末日右持分権の移転登記手続をうけると引換えに支払う定めで買い受ける契約をし、当時右内金五三万四、五〇〇円についてはその決済を遂げたことが認められる。

しかしながら本件契約当時、控訴会社の代表取締役は、森茂、太田清、杉田武雄、宮下清次郎の四名で、共同代表の定めがあり、その旨の登記がなされていたことは当事者間に争いがないから、代表取締役森茂単独で締結した前記契約は、当然には控訴会社に対してその効力を生じないはずである。

被控訴人は、本件契約当時、共同代表の定めがあることを知らなかつたと主張するが、商法第一二条の規定によると、登記事項はこれを登記すると善意すなわち右事項を知らない第三者に対してもこれを対抗できるのが原則であり、ただその第三者が正当の事由により登記事項を知らなかつたときは、例外として、その第三者に対し登記事項を以て対抗することはできないものと規定されているのであるが、商業登記簿は一般に公開され、何人でもこれを閲覧することにより登記事項を知ることができるのであるから、右にいう正当の事由とは、客観的障碍たとえば交通杜絶等その他社会通念上是認できる障碍により商業登記簿の調査をなすことができず、または登記簿の滅失汚損等によりこれを調査しても、その登記事項を知ることができないような事由をいうのであつて、自らまたは人を介し登記簿を調査しようとすればできたのにこれをしないで漫然登記事項あることを知らず、これがないものと信じたとしても、かような主観的事由は、商法第一二条にいわゆる正当の事由にはあたらない。本件においては被控訴人による登記簿の調査に障碍があつたような事実は認められないから、被控訴人は控訴会社に共同代表の定めがあることを否定し、単独代表であると主張することはできない。

二、被控訴人は森茂の前記売買契約は控訴会社の表見代表取締役がなした行為に当るから、控訴会社は同人を代表権ある取締役と信じた被控訴人に対して契約上の責に任ずる旨主張する。

よつてこの点について判断する。

(一) 甲第一号証、成立に争いのない甲第三、第四号証、原審における控訴会社代表者としての森茂本人尋問の結果、当審における証人森茂の証言ならびに被控訴人本人尋問の結果を総合するとつぎの事実が認められる。

(1) 森茂は、かねてから本件鉱泉地と附近の土地を購入し、この土地に宅地造成をして温泉付宅地の売却を企図していたが、資金に窮した結果、現に控訴会社の代表取締役である宮下清次郎、太田清、杉田武雄から数千万円の融資をうけた。森ならびに宮下らは、宅地造成が完成の上土地を売却するにあたり、適当な名称を使用するため、昭和三六年一二月控訴会社を設立し、森ならびに宮下らが代表取締役となり共同代表の定めをした。しかし工事は依然森茂の手により施行されていたが、昭和三七年五月頃豪雨のため造成工事中の石がけがこわれて、これが修理完成には更に多額の資金を要することになつた。宮下らは投下資本を回収するため、森茂の懇請をいれ同年一一月頃更に資金を出し森茂に工事を続行させることになつたが、その際従来鉱泉地ならびに土地を売渡担保として、債権者の一人太田清名義にしていたのを、あらためて控訴会社の所有となし、工事は控訴会社の手によりなし、温泉付宅地の売却により投下資本を回収することになつた。すなわち債権者らは、森茂からの返金の方法によらずに、資金の回収として、温泉付土地を売却して得た代金を分配する方法によることになつた。しかし依然として工事は未完成であるため、その実施については森茂があたり、宮下らは自己の債権の確保のため、鉱泉付宅地の売却という点に力を注いでいた。一方森は、鉱泉地等が控訴会社の所有に帰してからは、単独で控訴会社の代表取締役森茂として伊東市の事務所に常勤し宅地造成に専念し、他の代表取締役は、債権者という立場からその完成を監督した。

(2) 右のとおり、鉱泉地ならびに土地は、森茂に対する債権を担保する目的で、債権者を代表して太田清名義になつていたのを、控訴会社の所有に移したのであるが、宮下らは依然として自己の権利に属するような考えにたち、昭和三七年一一月九日宮下清次郎は単独で控訴会社を代表して、伊東温泉組合に対し、控訴会社代表取締役宮下清次郎名義で鉱泉地の届出をするに至つた。

(3) 本件温泉付宅地造成に一番多額の資金を出した太田清は、伊東温泉開発株式会社(控訴会社)社長なる名義を使用し、東京都内に同会社の事務所を設け、温泉付宅地の売却の業務にたづさわつていた。

以上認定した事実によると、控訴会社においては、共同代表の定はありながらその取扱については放漫であり、代表取締役の内の一人だけで会社を代表して行動することがあるのを放任してあり、しかも控訴会社は宅地造成が完成するまでは、その主たる事務は宅地造成ということであつたので、事業場においてそれに専念していた森茂が、もつぱら控訴会社を代表することになり、事実代表して仕事に従事してきたものであり、控訴会社としても、共同代表の定めがあるものの、森茂が単独で代表取締役の名称を使つて行動することを黙認していたものと認めるのが相当である。

(二) 当審における被控訴人本人尋問の結果によると、被控訴人は森茂が単独で控訴会社のため、被控訴人と建物の賃貸借契約をしたり、被控訴人から借り受けた事務所に控訴会社名を表示した看板を掲げ、控訴会社の宅地造成事業に単独で専念していたところから、森茂が単独で控訴会社を代表しているものと信じ、本件契約の際にも、森茂と契約をすれば、控訴会社と契約したことになると信じて契約したものと認められる。

右認定に反する原審における控訴会社代表者森茂ならびに宮下清次郎各本人尋問の結果および当審証人森茂の証言は採用しない。

しからば、前記売買契約は、控訴会社の表見代表取締役森茂がしたものであるから、控訴会社は被控訴人に対し被控訴人が残代金六万五、五〇〇円を支払うと引換に本件鉱泉地共有持分権の移転登記手続をする契約上の責に任ずべきである。

(小沢 鈴木信 岡田)

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